年末大掃除をしないで済ませるために、「小掃除」を少しずつ進めています、私、尼花です。
今回は、ずっと放っていたエアコンの掃除に、やっと手をつけました。
エアコンの掃除をするのは、なかなかやる気にならず、億劫でしたが、ある思考を断捨離することで、手がけることができました。
それはどんなことかというと・・・
義務だと思わないこと
まず、エアコン掃除を義務だと思わないことです。
何かをしなければならない、と思えば思うほど、現実に手をつけることが難しくなることってありますよね。
エアコン掃除については、年末の大掃除だけでなく、定期的に掃除することが望ましいのは、多くの人が理解しています。
でも、それを実行できないのだとしたら、それは脳が「したくないこと」とインプットしているせいなのかもしれません。
そう考えた私は、エアコン掃除を放りだしているのではなく、これから行おうとしているのだと、自分に言い聞かせてみました。
押し付けられた義務から、予定している計画に、考えを移行させるようにしたのです。
こうすることで、「そのうちに必ずすること」と、脳は意識し始めました。
カバーを外すと思わない
そうはいっても、エアコン掃除の手順が面倒なことに変わりはありません。
なかでも、わざわざカバーを外す、という点に、私自身は面倒くささを感じているのではないか、と思い始めました。
それなら、カバーを外すと思わないで、ラジコンカーかリカちゃんハウスの修理か何かをすると思うようにしたらどうだろう、と考えてみました。
子どもの頃の冒険心を少し思い出して、エアコンのカバーの向こうに、直すべき故障を見つけて、リカバーするというワクワク感を持ってみたら、と思ったのです。
掃除のためにカバーを外すという気持ちを捨てて、リカちゃんハウスの修理のためにフタを開けてみる、と考えてみるようにしました。
ホコリを貯めている罪悪感を手放す
最後に、一番大きく感じていたのは、掃除をしないことで、ホコリが貯まっていることに対する罪悪感です。
初めの義務感にも通じるのですが、やらなければいけないことをやっていない自分、という状態には、一種の罪悪感を感じてしまうのです。
これは意外に大きなストレスになっています。
ですから、この罪悪感を捨ててみることで、もっと前向きに、ラジコンカーか、リカちゃんハウスに向き合えるのではないかと考えました。
そう考えると、実際に貯まったホコリは、退治して取り除くものではなくなり、手に入れる宝か何かのように感じられて、掃除機で吸うことが楽しくなったのです。
そして、掃除は難しくなかったことに気づく
以上の3つの思いを断捨離して、新しい認識に移行していくことで、私は面倒だと感じていたエアコン掃除に手を付けることができました。
実際に、掃除をしてみると、ラジコンカーの修理ほど難しいものではありませんでしたし、リカちゃんハウスの小さな修理をするよりはずっと簡単なことに気が付きました。
おかしなもので、やってしまうと、なんだ、これしきのことだったのか、と、脳が覚えてくれた気がしました。
上の画像は、エアコンのダストボックスを水洗いして、乾かしているところです。
この思考の断捨離で、エアコン掃除も習慣化できればいいな、と考えているところです。。